ADVERTISEMENT

戦争の兆しへの対応や姿勢を観客に問う『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』

厳選オンライン映画

実在の人物を演じるスター特集 連載第4回(全5回)

 日本未公開作や配信オリジナル映画、これまでに観る機会が少なかった貴重な作品など、オンラインで鑑賞できる映画の幅が広がっている。この記事では数多くのオンライン映画から、質の良いおススメ作品を独自の視点でセレクト。実在の人物を演じるスターの作品特集として全5作品、毎日1作品のレビューをお送りする。

※ご注意 なおこのコンテンツは『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』について、ネタバレが含まれる内容となります。ご注意ください。

ミュンヘン
映画『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』独占配信中 Frederic Batier / NETFLIX

『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』Netflix
上映時間:131分
監督:クリスティアン・シュヴォホー
出演:ジョージ・マッケイヤニス・ニーヴーナーほか

 『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』は、Netflixで配信されている歴史サスペンス。イギリスの作家ロバート・ハリスによる小説を映画化したもので、第二次世界大戦を引きおこす契機になったミュンヘン会談が物語の舞台だ。監督は『カールと共に』(2021)でモダンかつ賢い差別主義者の恐ろしさを描いたクリスティアン・シュヴォホーが務め、主演にはジョージ・マッケイとヤニス・ニーヴーナーが迎えられている。

 物語は、ミュンヘン会談の裏で何とか戦争を阻止しようと奮闘する、ヒュー(ジョージ・マッケイ)とポール(ヤニス・ニーヴーナー)を中心に進んでいく。2人は同じ大学に通っていた旧友でありながら、アドルフ・ヒトラー(ウルリッヒ・マテス)率いるナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)に肩入れするポールの思想にヒューが反発して以降は疎遠になってしまった。それから時は流れ、ヒューはイギリスのネヴィル・チェンバレン首相(ジェレミー・アイアンズ)の秘書になり、ポールはドイツ外務省で通訳の職に就き、それぞれ別の道を歩んでいた。しかし、戦争勃発の危機という世情は、2人に久々の再会を強いるのだった。

ADVERTISEMENT
ミュンヘン
映画『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』独占配信中 Frederic Batier / NETFLIX

 断っておかなければいけないのは、本作は史実を基にしたフィクションであるということだ。ヒューとポールは架空の人物であり、ポールが劇中で入手するヒトラーの企みを記した機密文書も実在しない。そのため、本作が示す視点には、監督シュヴォホーや脚本を書いたベン・パワーの主観的解釈も多く含まれていると理解し、作品を受けとめる必要があるだろう。

 そのうえで言うと、戦争が起きるかもしれない状況への対応や姿勢を観客に考えさせる意味では、本作の撮り方は一定の評価をあたえられる。なかでも感心したのはキャラクターの描き方だ。政治努力によって平和的解決を目指すヒューと、暗殺など暴力的手段も考慮に入れるポールという性格の違いを明確にした演出の数々は、目的は同じだとしても、目的達成までの道程やそれに伴う思想が違えば物事は動きづらいというヒリヒリとしたもどかしさをうまく見せている。

ミュンヘン
映画『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』独占配信中 Frederic Batier / NETFLIX

 もちろん、この魅力はマッケイとニーヴーナーの卓越した演技力があってこそ実現できたのも忘れてはいけない。過度な感情の発露を抑えつつ、せりふ回しの間や目つきの微細な変化によって、キャラクターの情感を表現する高度な演技スキルには心から感嘆した。2人とも1992年生まれの若い役者だが、俳優として生きていくための技術は完成されているように感じられる。そう思わせるほど立ち居振る舞いが洗練されており、荒削りなところが見られない。

 本作は史実の扱い方も興味深い点が多い。特に目を引いたのは、現実の世界でもミュンヘン会談に参加した、オスカー俳優ジェレミー・アイアンズが演じるチェンバレン首相の描き方だ。チェンバレンといえばヒトラーに対する融和政策で有名だが、この政策は第二次世界大戦を誘発した外交の失敗例として言及されることも少なくない。チェンバレンの次にイギリス首相となったウィンストン・チャーチルは「第二次大戦回顧録」(1949~1955)の中で融和政策に反対だったと述べ、イギリス・ウェールズ出身のロックバンドであるマニック・ストリート・プリーチャーズは「Revol」(1994)という曲でチェンバレンを「あんたは自分を神だと思ってたようなヤツ」(you see God in you)とこきおろしている。

ミュンヘン
映画『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』独占配信中 Frederic Batier / NETFLIX

 だが、ラストを観てもわかるように、本作は融和政策に肯定的だ。ヒトラーとの戦争を避けるのは難しいゆえに、戦争に向けた十分な準備ができるまでの時間を稼ぐため、チェンバレンは融和的姿勢を貫いたのだと暗に示す。

 こうした視座は賛否が分かれると思う。たとえば Town & Country のインタビュー(※1)でマッケイは、チェンバレンが所属していた保守党を支持していないと公言したうえで、本作の解釈にポジティブな評価をあたえている。

ミュンヘン
映画『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』独占配信中 Frederic Batier / NETFLIX

 一方でジャーナリストのオリバー・キーンズは、The Independent に寄稿した記事「Munich: The Edge of War is posh-washing for an elite that’s still in charge today」(※2)において、本作のチェンバレン再評価を支配者層の失敗や非道な行為の言い訳としての視点が強い歴史修正(posh-washing)だと批判している。

 キーンズの批評はこじつけの一言で片づけられるかもしれない。しかし筆者は、制作側の主観をある程度自由に出し入れできる史実を用いたフィクションという本作の性質を考えれば、ひとつの批判として聞くに値する言説だと思う。

ミュンヘン
映画『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』独占配信中 Frederic Batier / NETFLIX

 ここまで本作に向けられる眼差しに差があるのは、史実を用いたフィクションでありながら、なぜ今チェンバレンの失敗(と言われがちな政策)を肯定的に再評価したのか最後まで不明瞭だからだろう。

 筆者が本稿を書いている今も、ウクライナではロシアによる侵略戦争が行われ数多くの命が失われるなど、戦争という暴力は対岸の火事ではない。この侵略戦争が日本に住む人たちの家計圧迫にもつながっているせいで、なおさらそう感じる人も多いはずだ。

ミュンヘン
映画『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』独占配信中 Frederic Batier / NETFLIX

 こういった現実があるからこそ、ナチス拡大と第二次世界大戦勃発の一因と評価されがちなチェンバレンの融和政策を肯定するための論理的強度がもっと必要だったのではないか。仮に高い論理的強度が物語の中で示されていれば、キーンズのように支配者層の失敗への同情と許しを求める映画として観る者は現れなかったかもしれない。本作を観て、そう思った心を隠すのは難しい。

 それでも、立場や境遇など、さまざまな点で違いがある人たちに想像を及ばせながら、“史実を用いたフィクション”を作るのはいかに難しいかを痛感できる映画として、本作が一見の価値ありなのは間違いない。(文・近藤真弥、編集協力・今祥枝)

Netflix映画『ミュンヘン:戦火燃ゆる前に』独占配信中

※1
https://www.townandcountrymag.com/leisure/arts-and-culture/a38784925/george-mackay-true-story-hugh-legat-munich-edge-war/

※2
https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/films/features/munich-edge-of-war-netflix-b2002880.html

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • ツイート
  • シェア
ADVERTISEMENT

おすすめ映画

ADVERTISEMENT

人気の記事

ADVERTISEMENT

話題の動画

ADVERTISEMENT

最新の映画短評

ADVERTISEMENT