今 祥枝

今 祥枝

略歴: いまさちえ/映画、海外ドラマライター。『BAILAバイラ』『eclatエクラ』『日経エンタテインメント!』『日本経済新聞 電子版』ほかに連載・執筆中。ほかにプレス、劇場パンフ、各局のHPなどに寄稿。時々、映像のお仕事。著書に『海外ドラマ10年史』(日経BP社)。海外ミュージカルファン。

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今 祥枝 さんの映画短評

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  • マイク・ミルズのうつの話
    日本の”UTSU”を見つめるマイク・ミルズの優しい視線
    ★★★★

    本作を観ながら、2009年に放送され、今年書籍化もされたNHKの「うつ病治療 常識がかわる」という大きな反響を呼んだ番組を思い出した。従来の薬物療法や心理療法への重大な問題提議がなされている一方で、それらを否定するかのような印象も与えかねない内容に、現実に治療中の患者や関係者の抗議の声も大きかった。適切な投薬によって救われる命があることを忘れてはいけないのと同時に、薬だけでは解決し得ないのがうつの難しさである。

    この問題はいまだ尾を引くもので議論が不十分に思えるが、2007年に完成した本作では問題の核心がさらりと、だが鋭く浮き彫りされていることに驚かされる。もっとも、本作は製薬業界の闇を糾弾したり治療法の是非を論じるものでもない。

    何よりも、うつを患う5人の日本人男女に寄り添うミルズの視線の親密さが愛おしい映画だ。そのもの言わぬ優しいまなざしが伝える、他者への思いやりと理解の重要性は、さまざまな社会問題に通じるものがあるだろう。『サムサッカー』や『人生はビギナーズ』でも、ミルズの映画はいつもそんな当たり前だけど大切な気持ちを、じんわりと胸に広がる温もりと共に思い出させてくれる。

  • アブダクティ
    温水洋一が大熱演!物語の飛躍のベクトルが意外性満点のスリラー
    ★★★★

    目覚めるとコンテナの中に捕われていたダメ男・千葉が、どこかへ運ばれていく。コンテナ内にあるのは謎の石だけという状況下でのワンシチュエーション・スリラー。これは映画『CUBE』(97)なのか『リミット』(10)なのか? 流行のリアル脱出ゲーム系なのかオチはあるのかと想像するも、全てはいい意味で裏切られる内容に嬉しい驚きの連続だった。

    この面白さをあえて例えてみるなら、筆者は千葉の過去がわかった時点でコミック『20世紀少年』のある場面を思い出し、隣り合うコンテナを通じて何百人も運ばれていることが判明し、彼らの共通項が見つかった時点で謎だらけのTVドラマ『LOST』と類似点を見出すも、もしやこれはTVドラマ『HEROES/ヒーローズ』…!?と印象は二転三転。で、千葉の運命はどうなるの?というスリルは最後まで持続する。

    終盤の飛躍は好き嫌いが分かれるだろうが、やはり『地獄甲子園』の山口雄大監督は面白いことをやってくれる。また脚本の牧野圭祐に加えて、5日間で撮り終えたという全編ほぼ独演の温水洋一が素晴らしい! 温水の迫真の演技なくして本作の成功は有り得なかっただろう。

  • デッドマン・ダウン
    国際的キャストの共演で目を引くのはイザベル・ユペール
    ★★★★★

    裏社会の大物に妻子を惨殺された男が組織に潜入し復讐を企むが、不幸な女性と知り合って云々といったストーリーに新味はない。上手くやらないと凡庸になりそうだなあという懸念は、残念ながら的中。全体的にテンポが悪く、特にコリン・ファレルとノオミ・ラパスは個々は悪くないのだが、2人の間にケミストリーが感じられないのでロマンスの要素が盛り上がらず中盤がまったり。そしてテレンス・ハワードの悪役は、何だかいい人そうなのだった…。

    そんな国際的キャストが共演する中、出番は多くはないにも関わらず印象に残るのが、ラパスが演じるヒロインの母親役のイザベル・ユペールだ。設定的には娘を愛する普通の母親。が、他のステレオタイプな登場人物にはさして興味がわかない一方、彼女にはどんな過去があるのか、どんな人物なのだろうかと不思議なほど想像力をかきたてられる。アパートの部屋で脚を組んで椅子に腰掛けぼんやり空を見つめているだけで、目が吸い寄せられてしまうアンニュイな雰囲気に漂う色香! 否が応でも目を引くユペールの稀有な魅力がよくわかる一作。

  • ダイアナ
    ナオミ・ワッツが素晴らしいだけに惜しい
    ★★★★★

    ダイアナを描く上で愛に焦点を当てたのは理解できる。本作の脚本家等が最も参考にしたというノンフィクションの一つを読んだが、両親の離婚に傷つき、自身も離婚を経験したダイアナが人一倍愛に執着した心情は察するに余りある。

    が、映画はメロドラマに過ぎるのが残念だ。再婚を考えていたパキスタン人医師ハスナットとの出会いは、イスラム文化への傾倒や積極的な慈善活動を含めて彼女の精神的成長に多大な影響を与えたと考えられるわけだが、その辺の内面の葛藤が見えにくい。現実としてハスナットは沈黙を貫いており、所詮は得られる情報に基づく推測でしかないのだから、『ヒトラー~最期の12日間~』のドイツ人監督ヒルシュピーゲルならではの解釈でダイアナという一人の女性の人間性を掘り下げたドラマを見せて欲しかった。

    それはそれとしてもワッツが演じるダイアナ像は魅力的だ。いまだ白馬の王子様を夢見る少女のような純真さの一方で、目的=愛のためには手段を選ばず貪欲でわがまま。現代の伝説的なプリンセスとして、これ以上ないというほど劇的でロマンチックなヒロインを好演している。それだけに人物描写の厚みのなさが余計に惜しい。

  • ムード・インディゴ うたかたの日々
    ミシェル・ゴンドリー執念の一作を偏愛!
    ★★★★

    39歳で他界したボリス・ヴィアンが、1946年に発表した本作の原作『うたかたの日々』に影響を受けた映像作品は数知れず。筆者が最初に読んだのは10代の頃で折りに付け読み返しているが、年齢を経るごとに最初は恋愛中心に読んだこの一風変わった青春小説が、どれほど人生の真理を描いているのかと痛感し切なさは増すばかり。

    だからゴンドリーが異常なまでの執念でもって、ヴィアンの世界を忠実に映像化したことに驚嘆し歓喜した。”カクテルピアノ”にしゃべるネズミ、水道の蛇口からうなぎ、そしてデューク・エリントン! 希望に満ちた青春時代は美しく幻想的だが、瞬く間に人生は冬を迎え、死の影が迫るクロエとコランの世界は文字通り色彩を失っていく。原作に忠実に、だがイマジネーションはゴンドリー一流のもので、奇妙だが美しく、時にグロテスクでもある独創的な映像世界は抗い難い魅力にあふれている。

    こうした直球のアプローチを冷笑する向きもあれば、評価が分かれる点でもあるだろう。が、ヴィアンの名著に対する馬鹿正直な姿勢は返って新鮮で、今作では生きていると思う。原作のファンはもちろん、波長が合えば偏愛せずにはいられない一本だ。

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