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パリのシネマライフ ~子供向けの映画教育、映画祭から専門映画館まで~

コラム

フォーラム・デ・イマージュ
パリ市が経営するフォーラム・デ・イマージュ

 映画を発明したフランス。映画を芸術として捉えるフランスは、映画の多様性を守るために映画産業へのさまざまな政府助成金や保護政策があることで有名である。実際にフランス人は映画好きであり、2017年におけるフランス人の映画館での年間映画観賞本数は3.2本と、日本人の1.4本の2倍以上で、世界でも第3位にランクインする。(※1)

 また、フランスの人口をスクリーン数で割った1スクリーン当たりの人口は、約1万1,000人に1スクリーンと、約3万6,000人に1スクリーンという日本と比べて、身近にスクリーンが存在している。(※1)それくらい映画を愛するフランスでは、政府による子供映画教育が盛んだという。(文:此花わか)

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フランスの子供映画教育

 フランスでは学校で映画の鑑賞教育が行われている。フランスの映画行政を管轄する国立映画センター(CNC)は、映画鑑賞力を育成するという目的のもと、小学校、中学校、高校と協調して、生徒に見せる映画プログラムを学校教育に組み込んでいる。CNCが研究者、評論家、映画館組合などと話しあって選んだ映画3本を、1年間を通して映画館で観賞させる。

 このプログラムには巨匠ジャック・タチなどのフランスの名作から、チャーリー・チャップリン小津安二郎の外国映画、宮崎駿のアニメ名作まで含まれるというから驚きだ。これら3本は多様な作品を観賞できるようにとバランスを考えて選択されている。

 実際に、筆者の友人で小学生の子供を3人持つパリジェンヌに学校の映画教育について話を聞いてみたが、「外国のアニメや実写映画なども観ているようで、わたしたち親が思っている以上に、子供たちが世界について知っていることに驚く」と言っていた。そこで彼女に、子供と大人が一緒に行っても楽しめるパリの映画館を2つ教えてもらった。

パリ市が経営する4つの機能をもった「フォーラム・デ・イマージュ」

フォーラム・デ・アール
モダンな建物のショッピングセンター、フォーラム・デ・アール

 パリの1区にあるレ・アル駅前の巨大ショッピングセンター、フォーラム・デ・アール(Forum de Halles)内のシネマ通りにあるフォーラム・デ・イマージュ(Forum des images)は、フランソワ・トリュフォー映画図書館に隣接しており、1988年にパリ市によって開館された。そもそもパリ市を撮影した映像アーカイブを保存する映像図書館として始まったが、今では映画や批評もデジタルでアーカイブされており、ひとつのテーマに沿った作品を5つのシアターで3か月間程上映する映画館にもなっている。(※2)

フォーラム・デ・イマージュ
ショッピングセンター内のシネマ通りににあるフォーラム・デ・イマージュ

 さらに、コンピューターを使ったワークショップの他にも、12歳から18歳までを対象としたデジタルテクノロジーを使った映画、アニメ、音楽、グラフィックデザインやドローイングなどの教育プログラムも提供。(※2)そして、水曜日の午後(パリでは幼稚園と小学校は水曜日の午後は休み)や土曜日に子供向けの上映会を行っており、土曜日には多くの親子連れがここを訪れているという。

上映プログラ
テーマにそった上映プログラム

 興味深いのは、ここでは1歳半から4歳までを対象にした子供映画祭「Tout-Petits Cinema」が毎年2月に9日間開催され、上映前には音楽演奏や読み聞かせ、ワークショップなどのイベントが開かれているそうだ。本館のスタッフはこう言う。

サロンスペース
フォーラム・デ・イマージュの2階には子供たちが作業できるサロンスペースがある

 「ほとんどのパリの映画館でもキッズ・プログラムはありますが、1歳半の赤ちゃんも参加できる子供映画祭は他にはないので、毎年多くの家族が参加してくれています」

教育プログラムのポスター
教育プログラムのポスター

 フォーラム・デ・イマージュは映画図書館、教育、映画館と子供映画祭という4つの機能を持った、子供と大人が一緒に楽しめる場所なのだ。

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パリの子供映画専門館「スチュディオ・デ・ユルシュリーヌ」

ノスタルジックなシアター
2階席のあるノスタルジックなシアター、スチュディオ・デ・ユルシュリーヌ

 5区のルクサンブール公園近くに位置する子供映画専門館、スチュディオ・デ・ユルシュリーヌ(Studio des Ursulines)は、もともと1926年に開館されたパリ最古の映画館で、アバンギャルドなアート系作品を上映する映画館として始まった。2階にバルコニーのあるクラシックで美しい映画館は多くの映画館監督に愛されているという。事実、フランソワ・トリュフォーの『突然炎のごとく(1961)にも登場している。

お絵かきスペース
お絵かきスペースもある

 映画館に入ると小さな子供たちがお絵かきできるようにとちょっとしたワークスペースもあり、122席あるシアターでは、デジタル上映ではなく、子供たちが昔ながらの映画館を味わえるように35mmの映写機による上映がされている。繁忙期には変わるが、平日の午前中はCNCのプログラムが上映され、午後から夜にかけてはアニメ作品の上映や、マスコミ試写会や映像作家によるプライベート試写会が行われている。

大好きなキャラクター
子供たちの大好きなキャラクターたち

 昨年末に筆者が訪れたときは、ちょうど、9.11の同時多発テロ後のアフガンを描いたノラ・トゥーミー監督のアニメ映画『ブレッドウィナー』(2017)が上映されていた。宮崎駿作品など外国のアニメ映画を定期的に上映する同館では、上映前の15分間ほど、映画館スタッフが子供たちに上映作品の社会的・文化的背景をレクチャーする。子供たちの年齢に沿って、子供たちが飽きないような内容にしているとのこと。

 上映後は子供たちと一緒に映画の感想をディスカッションする。ここには、子供たちの知識を深めるだけではなく、子供たちに積極的に意見やアイディアを交換させることで、映画の鑑賞力や批評力を育む目的もあるのだ。他にも、月に2度ほど高校生10人が相談して選んだ作品を上映し、映画鑑賞後には高校生と一般客が映画について話し合うというプログラムも実施している。面白いことに、同館で映画愛を育まれた子供たちの中には、映像作家に成長した子もいる。

夕方のスチュディオ・デ・ユルシュリーヌ
水曜日の夕方に訪れたらちょうど映画館から出てくる親子連れで一杯

 同館の経営者フローリアン・デルポート氏(取材当時の経営者)がカンヌ国際映画祭に行くと、時折、若い映像作家が「覚えていますか? 子供の頃あなたの映画館によく行っていたんですよ」と彼に話かけてくれるという。「この小さな映画館は経費の半分が政府などの助成金によってまかなわれることで、なんとか経営が成り立っています。だから、この映画館を見て育った子供たちが映画を愛する大人に育ってくれることが、一番うれしい」とデルポート氏は話す。

 さらに、「子供たちは8歳か9歳になれば、真実や現実とは何か、ということを自然に考え始めます。子供たちは大人が思っている以上に哲学的。良質な映画は子供たちの成長を助けます」。何よりもスチュディオ・デ・ユルシュリーヌが一番心がけているのは、映画教育よりも、さまざまな社会階層や環境に生きる子供たちが、リラックスして映画を純粋に楽しめる環境を作ることだそうだ。

外国のアニメ映画が人気
外国のアニメ映画が人気だという

 今回パリで取材して感じたのは、フランスでは行政が劇場と手を取り合い、多様な作品を子供たちに観せることによって映画の未来の観客を育てている、ということだ。芸術としての映画文化を次世代へ残すということは、映画産業を守りビジネスを発展させることにもつながるから、長期的に見れば公金を費やす価値がある。

 日本にも子供の映画教育に取り組む自治体、個人、配給会社、民間団体などはあるが、学校などの公教育現場で映画教育を実施する国の制度はないし、政府の助成金も少ない。映画市場の多様性の欠如が問われる中、ぜひ、フランスのように国をあげて日本の豊かな映画文化を盛り上げる制度を作ってほしいものだ。

【取材協力】
フォーラム・デ・イマージュ(Forum des images)
スチュディオ・デ・ユルシュリーヌ(Studio des Ursulines)

【参考】
※1…一般社団法人コミュニティシネマセンター「映画上映活動年鑑2018」
※2…フォーラム・デ・イマージュ(Forum des images)

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