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野村萬斎「正解はない」狂言の未来に何を描く

人間国宝の父に畏敬(撮影:高野広美)
人間国宝の父に畏敬(撮影:高野広美)

 狂言師・野村萬斎がスクリーン狭しと躍動する映画『花戦さ』。彼が演じるのは、豊臣秀吉の圧政に対して、「刃」ではなく「花」で戦いを挑んだ華道家元・初代池坊専好。その天真爛漫で一途な生きざまを「直情的」に表現したという萬斎は、同じ日本の伝統芸能に携わる者として、その道の“型”を大切にしながらも、個性がはみ出す心意気で挑んだという。華道家を演じることで見えてきた狂言への新たな思い、そして未来とは? 本作を通して萬斎が真摯に語った。

【画像】野村萬斎、ゴジラ役だった!

人間国宝の父を見ると「まだまだ」

 本作は、秀吉と専好との心震える伝説に着想を得た鬼塚忠の小説を映像化した時代劇。天下人となった秀吉に対して、大切な者たちを奪われた悔しさを花に託して戦いを挑む専好の生きざまをドラマチックに描く。『起終点駅 ターミナル』などの篠原哲雄監督のもと、秀吉役を歌舞伎役者の市川猿之助、織田信長役を中井貴一、千利休役を佐藤浩市と実力派俳優が名を連ねる。

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 「天真爛漫」という言葉がよく似合う一途な華道家・専好。「人の心も花だ」という信念を持って、あの秀吉に立ち向かう姿は実に爽快だ。萬斎は「1秒も考えずに次のことを思い付くのが狂言の世界。そういった意味では、専好は狂言的な特徴を持ったキャラクター。目の前で起こったことに対して『直情的』に反応する、つまり、感性がいきなり全開になるというイメージで演じました」と振り返る。

野村萬斎

 華道にも通じる「型」の存在も重要な鍵を握っていたようで、そこから見えてきた専好との共通点もあるという。「われわれは型にはまらないとなかなかレベルが上がらないものですが、そこに相反する『個性』も同居しないと、それはそれでつまらない。専好さんも型通りにやらなくてはいけないけれど、ちょっとそこに息苦しさを感じてしまう人というか、自分の個性の方が勝ってしまう。そういうところは狂言師と似ているかもしれない」と分析する。

 一方、人間国宝の父・野村万作と比べると、自分もまだ未熟だと語る。「わたしの父や先輩方を見ていますと、意図的にではなく型から個性がにじみ出ていますし、さらに言えば型を感じさせなくなる。そういう境地を目の当たりにすると、わたしもまだまだはみ出したいという域なのかなと思いますね」。

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時代ごとに答えを捜し続ける

野村萬斎

 ところで、華道の世界を演じたことで、新たな発見や共通点も見いだしたという萬斎。「狂言」という伝統芸能を継承していく上で、いま何を一番大切にし、未来に何を描いているのだろうか。「もちろん基礎を磨くことは当然のことですが、『狂言とはなんぞや?』と常に思い続ける信念は大切ですよね。ただ、基本はあっても『正解』というものがない世界なので、狂言の本質から逸脱せずに、時代ごとに答えを捜し続けることが必要だと思います」と言葉をかみしめる。

 さらに「狂言を継承していく身として、伝統を貫く保守性と美を追求する芸術性は常に意識していますが、その反面、心のどこかで、人から愛される娯楽性や親近感というものも必要だなと実感しています。愛される継承者であり、指導者でありたい……これは、われわれの一つの夢。そういった意味では、専好さんの生き方が、日本の伝統芸能を担うモデルケースになるかもしれない」と力説する。

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 「この映画を観て、東京オリンピック前に日本人としてのアイデンティティーを知ってほしい」と呼び掛ける萬斎。「狂言にしろ、華道にしろ、茶道にしろ、それ自体が具体性を持って表すものではなく、自分を反映させるもの。文化芸術は、心を映し出す鏡。『わたしにとって花とは?』と問い掛けながらご覧いただくと、より素晴らしい体験ができます」と最後は力強く本作をアピールした。(取材・文:坂田正樹)

映画『花戦さ』は6月3日より全国公開

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