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日韓ミニシアターが連携!コロナ禍を経て深まる絆

映画で何ができるのか

シネマ・ジャック&ベティ
多彩な上映プログラムと独自企画も豊富。横浜の映画文化を支える横浜のシネマ・ジャック&ベティ。(撮影:中山治美)

 文化を通しての日韓交流が当たり前となった昨今、映画界で新たな絆が生まれた。2019年に行われた韓国・仁川(インチョン)のミリム劇場と横浜のシネマ・ジャック&ベティ(以下、ジャック&ベティ)の共同企画「インチョンから横浜まで ミリム劇場×シネマ・ジャック&ベティ同時上映展」に端を発した日韓のミニシアターの交流が今年は拡大し、「仁川インディペンデントフィルムツアー 日韓同時上映&トーク」と題してジャック&ベティだけでなく群馬・シネマテークたかさき、大阪・シネ・ヌーヴォでも開催される。コロナ禍で全世界的に映画館は厳しい状況に置かれているが、国境を超えた連携と情報共有は荒波を乗り越える大きな力となりそうだ。(取材・文・写真:中山治美、写真提供:シネマ・ジャック&ベティ)

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環境と境遇が重なる韓国・インチョンと横浜のミニシアター

ミリム劇場の場内
韓国・インチョンにあるミリム劇場。(写真:シネマ・ジャック&ベティ提供)

 国レベルで日韓の映画の交流イベントが行われることは今や珍しくないが、ミニシアター同士の連帯というのは珍しい。

 始まりは、些細な出会いと偶然からだったという。さかのぼること2018年11月18日。ジャック&ベティにミリム劇場のチェ・ヒョンジュン支配人がふらりと訪ねてきた。

ミリム劇場の場内
ミリム劇場の場内。観客は高齢者が多いという。(写真:シネマ・ジャック&ベティ提供)

 ジャック&ベティの存在は、以前、日本人のお客さんから聞いており気になっていたそうで、神奈川県在住の弟を訪問したついでにやって来たという。通訳代わりに弟も同伴していた。そこで、チェ支配人から出た言葉が「共同企画をやりませんか?」と。

インチョン映像委員会へ訪問
韓国を訪問した際には、ロケ支援などを行っているインチョン映像委員会も訪問。(写真:シネマ・ジャック&ベティ提供)

 話し合ってみると、両劇場は非常に似た足跡と事情を抱えていたという。共に歴史ある映画館ながら、シネコンの台頭により2000年代に一度、閉館の憂き目を見ている。しかし市民の声に推されてミリム劇場は国や市の支援で、一方、ジャック&ベティは現在の梶原俊幸支配人ら有志が会社を興して復活させた。

 だがミリム劇場は東インチョン、ジャック&ベティは横浜・黄金町とかつての繁華街にあり、観客の年齢層は高い。その分、旧作からアート系やインディペンデントとバラエティーに富んだ上映作品と企画力でシネコンにはない魅力を放っており、共同展もその一環として、そして新たに観客を呼び込む起爆剤として持ちかけて来たようだ。ジャック&ベティも、映画館が国を越えてつながるというまたとない機会に二つ返事で快諾したという。

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まずは韓国で開催した草の根の交流

『南極料理人』のトークイベント
『南極料理人』の上映後に行われた沖田修一監督のトークイベントは大盛況。(写真:シネマ・ジャック&ベティ提供)

 共同展は先行すること2019年6月7日~9日に、ミリム劇場で開催された。内容は上田慎一郎監督『カメラを止めるな!』(2018)といった娯楽作品からドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』(2018)といった社会派まで、ジャック&ベティで好評だった日本映画をピックアップした推薦作品とミリム劇場推薦の韓国作品の上映。さらにジャック&ベティのスタッフや『南極料理人』(2009)が上映された沖田修一監督らが訪韓し、「日本芸術映画館の現在と未来」や「地域(市民) コミュニティー空間としての映画館の活用と芸術家の役割」と題したフォーラムも開催された。

妓生(キーセン):花の告白
来日した『妓生(キーセン):花の告白』の(写真左から)ハン・マンテクプロデューサーとホン・テソン監督。(撮影:中山治美)

 それを受ける形でジャック&ベティでは、毎年同館で行われている「よこはま若葉町多文化映画祭+横浜下町パラダイスまつり」の一環として、同年9月7、8日の2日間に渡って開催された。上映作はミリム劇場の推薦作品である韓国の民主化運動のドキュメンタリー『1991年、春』(クォン・ギョンウォン監督・2017)と、日本では多分に誤解されて伝わっている女性アーティスト“妓生(キーセン)”の歴史を紐解くドキュメンタリー『妓生(キーセン):花の告白』(ホン・テソンイム・ヒョク監督・2017)の、いずれも日本初公開作。そこにインチョンで撮影されたユン・ジョンビン監督『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2018)も加わった。今度はミリム劇場のスタッフや上映作の監督たちが来日し、観客たちと膝を突き合わせての交流イベントも用意された。

「震災作文を一緒に読む」の様子
横浜パラダイス会館で行われた「震災作文を一緒に読む」の様子。韓国のゲストも参加した。(撮影:中山治美)

 特筆すべきは、関東大震災後の横浜の混乱を、当時の小学生の作文から検証する「震災作文を一緒に読む」と題したイベントで、韓国人ゲストも参加した。そこにはあらぬ噂を流布された中国人・朝鮮人に対して軍隊や警察による殺傷行為が公然と行われていたことがつづられている貴重な記録だ。

 韓国人ゲストは「殺害された理由が、米を守るためだったとは。命よりも米なのかと衝撃を受けた」と語る人もいれば、「日韓問題がある中、正直、今回日本に来ることは迷っていたが、韓国人であるわたしたちも知らない同胞の歴史を知る機会を設けてくれたことを感謝します」と語った。

 このイベントは今につながる両国の問題を理解し、ともに民族差別解消に努めていくことを目的としたものだが、まさに草の根の交流だからこそできる深く突っ込んだ企画だろう。

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驚きの韓国映画界の真実

日韓コミュニティシネマ会議
日韓のミニシアターの現状を語り合った「日韓コミュニティシネマ会議」。(撮影:中山治美)

 そして2館からはじまった交流は、日韓のミニシアター全体を結んだ。年に一度開催される全国で映像上映に関わる人たちの情報交換の場「全国コミュニティシネマ会議 2019 in 埼玉」(2019年9月6日、7日。SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザにて)で「日韓コミュニティシネマ会議」が開催されたのだ。

 登壇者は韓国からミリム劇場のチェ支配人をはじめ、全国芸術映画館協会代表でソウルにあるアートハウス・モモの副代表であるチェ・ナギョン、同じくソウルのアートナインのチョン・サンジン代表とジュ・ヒ理事。日本からはコミュニティシネマセンター代表で大分・シネマ5の田井肇支配人と、高崎映画祭総合ディレクターでありシネマテークたかさきの志尾睦子支配人。日韓ミニシアター界の首脳会談だ。

韓国のアートシネマに対する国の支援と方向性
日韓コミュニティシネマ会議で発表された韓国のアートシネマに対する国の支援と方向性について。(資料は2019年当時)

 そこで明かされたのは驚きの韓国映画界の真実。韓国といえば、1,000万人動員! といった宣伝文句がよく使用され、華々しい面ばかりが取り沙汰されるが、ミニシアターを取り巻く環境はどこも同じ。韓国芸術映画館協会の2018年のデータによると、シネコンは2,987スクリーンに対してミニシアター(アート系映画館)は54スクリーン(同年の日本は3,150スクリーン:411スクリーン。日本映画製作者連盟調べ)。同年の観客動員数で見ると2億1,639万人:857万人(日本に同様の統計はないが、同年の総観客動員数は1億6,921万人)。その差は歴然で、陽が当たるのも恩恵を享受しているのも、大手シネコンチェーンで上映される大作映画であることがうかがえる。

「映画館を再生する」シンポジウム
2019年に埼玉で行われた全国コミュニティシネマ会議で「映画館を再生する」をテーマにシンポジウムを行った(写真左から)みやこ映画生協の櫛桁一則支配人、ミリム劇場代表のチェ・ヒョンジュン、シネマ ジャック&ベティの梶原俊幸支配人、川越スカラ座の舟橋一浩支配人、高田世界館の上野迪音支配人。(撮影:中山治美)

 ただ一人当たりの年間鑑賞本数を比較すると、日本が1.4本であるのに対して韓国は4.3本(2017年のデータ。コミュニティシネマセンター調べ)。またミニシアターに対して、韓国のインディペンデント映画を一定条件のもと上映すれば、政府機関である文化体育観光部管轄の特殊法人・韓国映画振興委員会(KOFIC)から1館あたり年間5,000万ウォン(約450万円、1ウォン=0.09円換算)の助成を受けられる制度もある。日本では、ミニシアターは文化施設ではなく商業施設とみなされているため、行政からの直接的な支援はない。韓国映画界の文化助成の手厚さと、文化への理解が市民に根付いていることを実感させられる。

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政治的な介入があった韓国映画界

 もっとも韓国とて、簡単に現在の権利を手にしたわけではない。ミニシアターへの支援制度の始まりは、シネコンの隆盛と反比例するかのようにミニシアターが減少して行ったことへの保護政策。それがパク・クネ政権下の言論統制により支援制度の廃止と改悪が行われ、閉館と休業に追い込まれた映画館もあったという。政府の対応に不服としたミニシアターの館主たちは「韓国芸術映画館会議」(韓国芸術映画館協会の前身)を設立して、業界全体で異議を唱え続けたという。アートナインのチョン代表が当時を振り返る。

 「悲しいことに韓国では、映画界への政治的な介入がありました。大規模な資本によって運営されているシネコンは、そうした圧力から逃れることは難しい。しかし、わたしたちのような独立系の映画館なら自立したプログラムを組むことが可能です。そこでわたしたちは、(当時の政府対応に疑問視した)ドキュメンタリー映画『ダイビング・ベル セウォル号の真実』(2015)を企画・配給し、(政府の北朝鮮スパイ捏造疑惑に迫った)同『スパイネーション/自白』(2016)を配給し、さらに(イ・ミョンバクとパク・クネ政権による言論弾圧の実態を告発した)『共犯者たち』(2017)を配給しました。そんなことをしていたら、わたしの名前が(政権に批判的な文化人をリストアップした)ブラックリストの最上位に上がるという光栄な目に遭いました(苦笑)」

 こうした韓国の熱意と戦いの歴史に田井支配人が「パク・クネ政権下の不遇時代はあったとしても、体制にアンチな姿勢を持ち続けていたという話を聞き、昔は自分もラジカルだったのにだんだん保守的になったなと反省させられました。自分が失いかけていた初心を振り返らされるところもあって、感銘を受けました」と語れば、志尾支配人も「韓国芸術映画館協会の皆さんはとにかく組織としての体力、力、エネルギーがある」と語り、大いに刺激を受けたようだ。

同時上映展記念グッズ
ミリム劇場×ジャック&ベティ同時上映展記念グッズも制作された。こちらは互いの劇場のロゴが入ったクッキー。(撮影:中山治美)
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映画界をミニシアターから盛り上げていこうという試み

保護者
インチョンに関わりのある短編映画:チョン・ヘウォン監督『保護者』(2020)

 それはコロナ禍における対応に表れている。政府の要請に従い上映自粛を迫られたミニシアターは、休業補償もなく経営危機に襲われ、実際、閉館に追い込まれた映画館も出た。そこでコミュニティシネマセンターのメンバーらが中心となって「SAVE the CINEMA」プロジェクトを発足。政府に対して緊急支援を求める要望書するなど、ミニシアターを守るべく行動を起こした。その賛同者には、日韓コミュニティシネマ会議に参加した韓国芸術映画館協会のメンバーたちも名を連ねている。

私の本当の気持ち
インチョンに関わりのある短編映画:ジュヨン監督『私の本当の気持ち』(2020)

 そして行われる今回の「仁川インディペンデントフィルムツアー 日韓同時上映&トーク」は、日韓のミニシアターが手を取りあって、映画界を盛り上げていこうという試みだ。ミリム劇場でも2月末~4月末まで休業を余儀なくされ、KOFICから運営支援金と家賃や人件費の一部が補助されたものの、来場者数が減少して経営は厳しいという。

ギャラクシー・アイズ
インチョンに関わりのある短編映画:イ・ミンソプ監督『ギャラクシー・アイズ』(2020)

 それでも多様な文化を発信し、交流の場を育んできたミニシアターの志は変わらない。上映作品は、ミリム劇場が選んだ若手監督によるインチョンに関わりある5本の短編を集めたオムニバス作品。今年はコロナ禍の影響で映画祭が中止や延期となり若手監督にとっては世に出る発表の機会が失われてしまったが、そんな彼らにお披露目の場を設けたいという思いもあるのだろう。日本の観客にとっては、好調な韓国映画界の胎動を知る貴重な機会だ。

監督募集中。
インチョンに関わりのある短編映画:シン・ヨンヒ監督『監督募集中。』(2019)

 11月14日はミリム劇場とジャック&ベティ、シネマテークたかさきの3館をオンラインでつないでトークイベントを開催。12月23日には大阪・シネ・ヌーヴォでも上映とトークが行われる。コロナ禍を経てより深まった日韓の絆と、新たな希望がここにある。

後ろ向きに歩く
インチョンに関わりのある短編映画:バン・ソンジュン監督『後ろ向きに歩く』(2020)

「仁川インディペンデントフィルムツアー」は11月14日にシネマ・ジャック&ベティとシネマテークたかさきにて、12月23日に大阪シネ・ヌーヴォで開催

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