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追悼:映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネ偉大な功績

Roberto Serra - Iguana Press / Redferns via Getty Images

 去る2020年7月6日、91歳でこの世を去ったイタリアの映画音楽作曲家エンニオ・モリコーネ。アカデミー賞に輝くなど世界中の映画人から尊敬され、『荒野の用心棒』や『ニュー・シネマ・パラダイス』などの名曲で日本の映画ファンにも愛された偉大なマエストロ。その輝かしいキャリアと作曲家としての魅力を振り返る。(文:なかざわひでゆき)

 かつてイタリアは、フェデリコ・フェリーニルキノ・ヴィスコンティなど映画史に燦然と輝く巨匠たちを輩出し、映画は同国最大の輸出産業のひとつだった。その中から大勢の映画スターが世界へと羽ばたいたが、同様に注目されたのが映画音楽の作曲家たちだ。本編を観終わった後もメロディーを口ずさめる。時として映画よりも記憶に残る。そんなイタリア映画の美しい音楽は世界中の映画ファンに愛され、ニーノ・ロータリズ・オルトラーニステルヴィオ・チプリアーニカルロ・ルスティケリなど数々の名匠を生んだ。そうしたイタリア映画音楽の黄金時代を象徴する最大の“スター”がモリコーネだった。

 1928年11月10日、イタリアのローマに生まれたモリコーネ。名門サンタ・チェチーリア音楽院で作曲や合唱などを学んだ彼は、当時のイタリア映画音楽の作曲家の多くがそうであったように、カンツォーネ(イタリアの歌謡ポップス)の作曲家・アレンジャーとしてキャリアをスタートしている。リタ・パヴォーネジャンニ・モランディミーナなど、日本でも人気のあったカンツォーネ歌手たちのヒット曲を次々と手掛けたモリコーネだが、彼の類稀なメロディー・メーカーとしての資質は、この時期に育まれたと考えてもいいだろう。

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『荒野の用心棒』(1964) United Artists / Photofest / ゲッティ イメージズ

 その一方で、無名時代からゴーストライターやアレンジャー、オーケストラ指揮者として映画音楽に携わっていたモリコーネは、1961年に映画音楽の作曲家として正式にデビュー。当初はコメディー映画が中心だったが、幼馴染でもあるセルジオ・レオーネ監督と組んだ1964年の西部劇『荒野の用心棒』が彼の運命を大きく変える。同作は世界中にマカロニ・ウエスタンのブームを巻き起こす大ヒットを記録。口笛や鞭の音、鐘の音、オカリナで模した鳥の鳴き声など、様々なサウンドをコラージュし、フォルクローレ調のメロディーでまとめられたモリコーネの勇壮なサウンドは、たちまちマカロニ・ウエスタン音楽のトレードマークとなり、多くの作曲家にコピーされた。

 その後も、レオーネ監督とのコンビで『夕陽のガンマン』や『ウエスタン』などの西部劇を手掛け、さらには歴史劇からラブロマンス、刑事アクションからホラーまで、ありとあらゆるジャンルの映画を担当したモリコーネ。全盛期には年間10~15本もの作品をこなす多忙ぶりだった。当然、イタリア国外からのオファーも多く、テレンス・マリック監督の『天国の日々』やローランド・ジャッフェ監督の『ミッション』などハリウッド映画の仕事でも高く評価されたわけだが、しかし生涯に渡って故郷ローマを決して離れず、ハリウッドでのキャリアに関心を示すこともなかった。2007年に名誉賞を贈られるまでオスカー受賞と無縁だった理由はそこにあるだろう。

 そんなモリコーネのフィルモグラフィーを眺めて驚かされるのは、映画ジャンルの多様性も然ることながら、特定のスタイルに縛られることない音楽性の豊かさだ。もともとクラシック音楽を学んだ人だけあって、交響曲や協奏曲などに才能を発揮したのは勿論のこと、ジャズからロック、ラテンからソウルに至るまで、あらゆる音楽スタイルを自在にクロスオーバー。『歓びの毒牙(きば)』などのダリオ・アルジェント監督作品で、クールな前衛ジャズやサイケ・ロックを披露したかと思えば、『今のままでいて』ではゴージャスなディスコ・サウンドまで楽しませてくれる。その貪欲なチャレンジ精神と柔軟な創作姿勢には感服するしかない。

『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989) Miramax / Photofest / ゲッティ イメージズ

 もちろん、イタリア的な情緒に満ちたメロディーの美しさもモリコーネ音楽の大きな魅力。甘いメロディーで知られるイタリアの映画音楽作曲家は少なくないが、しかし感傷的になり過ぎる一歩手前で引くバランス感覚が彼の持ち味だ。日本でも人気の高い『ニュー・シネマ・パラダイス』や『マレーナ』などはその真骨頂。また、ボサノバの心地よいリズムに官能的な女声スキャットを絡めたテーマ曲が、1990年代の渋谷系ブームの際に再評価された『ある夕食のテーブル』のように、映画本編よりも音楽の方が有名になってしまった作品も少なくない。それもまた希代の作曲家モリコーネの強みだ。

 映画音楽というのは往々にして、演出道具の一つとしての実用性が重視されがちだが、モリコーネの作品はその範疇に収まることのないばかりか、時として映画そのものの印象を左右するほどに強い個性とパワーを持つ。だからこそ、盟友レオーネを筆頭にタヴィアーニ兄弟やジュゼッペ・トルナトーレブライアン・デ・パルマクエンティン・タランティーノといった巨匠たちに熱愛され、エミネムやメタリカなど数多くのアーティストにもサンプリングもしくはカバーされ、ハンス・ジマージョン・ゾーンなど後進の作曲家たちに影響を与えてきたのだろう。改めて、その偉大な功績に敬意を表したい。

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