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京都アニメーション制作『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は息を呑む映像美

映画ファンにすすめるアニメ映画

 2018年に、あるアニメシリーズがNETFLIXで配信され、世界中のアニメファンの心を震わせた。息を呑む映像美と、豊かで深い叙情に満ちた物語。京都アニメーション制作の『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』だ。劇場版2作目の公開が間近に迫った(新型コロナウイルス感染拡大防止のため公開延期)今、まさに映画ファンにすすめたい作品として、その素晴らしさを紹介する。(香椎葉平)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン
『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』より - (C) 暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

【主な登場人物】

ヴァイオレット・エヴァーガーデン(CV:石川由依
自動手記人形(ドール)と呼ばれる代筆サービスの少女。「愛してる」という言葉の意味を知るため、その職を選んだ。元は戦争の道具として育てられた少女兵で、感情の存在は知っていても実感として理解できない。

ギルベルト・ブーゲンビリア(CV:浪川大輔
ヴァイオレットの少女兵時代の上官。彼女に名前を与え、戦争の道具としてではなく、ひとりの人間として扱い続けた。「愛してる」の言葉をヴァイオレットに遺し、停戦前の最後の戦いで未帰還となる。

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『マイ・フェア・レディ』の花売り娘とは違う、自ら学んでいくストーリー

 はじめに言葉があったのか、心が言葉に結晶したのか、神様でない限り誰にもわからない。とにかく文字にしたためた思いが誰かに届くと、それを読んだことで新しい気持ちが芽生えて、また新しい言葉が生まれる。人と人とは、たとえどれだけ離れていても、そうしてつながり生きていく。そのための手紙なのだとしたら、作中でたびたび語られるように、届かなくていい手紙などないのだろう。

 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、戦争の道具として育てられた少女が、停戦後の世界で代筆サービスの仕事に就き、さまざまな人々の手紙をつづることで愛の意味を知っていく物語。『マイ・フェア・レディ』(1964)の花売り娘イライザや、『小さな中国のお針子』(2002)のお針子のように、教えられて目覚めるのではない。代筆依頼者の思いをくみ取り、受け止め、自分なりの言葉にしながら自ら学んでいくのだ。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン
代筆サービスの少女ヴァイオレット・エヴァーガーデン。『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』より - (C) 暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 主人公のヴァイオレット・エヴァーガーデンは、戦場しか知らない少女兵だった。無表情で敵兵を次々と殺めていく彼女は、まるで殺人マシンのようで、味方にすら恐れられ同時にさげすまれていた。そんな彼女を、ただひとり、人間扱いしてくれる人がいた。捨てられた彼女を手元に引き取った、上官のギルベルト・ブーゲンビリアだ。

 けれど、戦争はどこまでも残酷で、運命は無情だった。停戦前の最後の戦いで、ギルベルトは敵兵の銃弾に倒れ、ヴァイオレットも両腕を失ってしまう。帰ってきたのはヴァイオレットのみ。両腕に機械仕掛けの義手を着けた彼女は、ギルベルトの親友であるホッジンズ(CV:子安武人)の起こした会社に雇われ、手紙の代筆を行う自動手記人形(ドール)として働き始める。離ればなれになったギルベルトが最期に遺した言葉「愛してる」の意味を知るために。

ヴァイオレット
「愛してる」の意味を知るためにドールとして働くヴァイオレット。『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』より - (C) 暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 ヴァイオレットの鋼鉄の手指で代筆する手紙は、依頼者それぞれが愛を伝えるためのもの。ラブロマンスに限らず、親子の愛や、今はもういない大切な人への愛もある。ヴァイオレットにとって、戦争で傷つきながらも育まれていくさまざまな愛の面影に触れることは、手の中にありながら気付かずにいた自らの愛が、その手と共に永遠に失われてしまったのを知ることでもある。

「君は生きて、自由になりなさい……心から愛してる」

 そう言い残したギルベルトがどうなったか、ヴァイオレットは当初、聞かされていないのだ。彼女にとって愛を知ることは、喪失を知ること。それを受け止められた時、彼女ははじめて、代筆ではない自分自身の思いを言葉にしようと手紙を書き始める。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、普遍的な愛の姿を通して、傷ついた魂の再生を描く作品でもあるのだ。

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京都アニメーションが目指した表現の高み!

 制作は京都アニメーション。社会現象を巻き起こしたテレビアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」や「けいおん!」の名前は、アニメファンならずとも一度は聞いたことがあるだろう。海外にも熱狂的なファンを多く持つ「CLANNAD -クラナド-」、男子競泳を題材に女性ファンの心をつかんだ「Free!」、吹奏楽に賭ける青春を描いてスマッシュヒットした「響け!ユーフォニアム」、米澤穂信の日常ミステリー小説を見事に映像化した「氷菓」など、驚異的な映像クオリティーだけでなく、人間ドラマを描くことにも長けた、日本を代表する制作スタジオだ。

 国内外のアニメファンやクリエイターに、これほど愛され、なおかつ尊敬されているスタジオは他にないだろう。京都アニメーションは、長い時間をかけて人を育てることで、信じられないほどの高い制作能力を育んできた。それと同時に、決して現状に安住することなく大胆な挑戦を続け、数々の傑作や大ヒット作を生み出してきた、日本の、いや世界のアニメーションにおいて唯一無二と言える制作集団なのだ。

ブローチ
上官ギルベルトからもらった大切なブローチ。『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』より - (C) 暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 想像で語ることを許してもらいたいが、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を通して、京都アニメーションは、アニメーションという言葉に新しい意味を付け加えようとしたのではないだろうか。アニメーションとは、動くことのない絵を生きているように動かすこと。人物のデザインや表情は、動かしやすくするため、何らかのデフォルメが施されているのが普通だ。だが、この作品の絵作りは、最初から簡略化や誇張表現とは全く別の方向を目指しているように見える。何より他のアニメと違うのは、実写映画での自然光撮影を思わせる、キャラクターと背景美術をひとつになじませるような光の使い方だ。

 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のテレビシリーズを観ていると、時の経過を表す場面に、多くのアニメのように画面を透過させて重ねるオーバーラップが使われていないことに気付く。かわりに、色を変えながらうつろいゆく陽の光と、刻々と形を変える雲の影が、早回しになって流れてゆく。この世界の一日には、わたしたちの生きている世界と同じように始まりと終わりがある。その永遠とも言える繰り返しの中で、永遠には生きられない誰もが、はかなくも健気な生涯を送っている。体を燃やすような苦しみや、愛とその喪失を抱えながら……。まるで、そんなふうに語りかけてくるかのようだ。

機械仕掛けの義手
戦いによって両腕は機械仕掛けの義手に。『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』より - (C) 暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 京都アニメーションは、アニメーションに光と色彩による叙情を精緻に織り込むことで、生きた動き以上の実在感まで与えようとしたのではないか。

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作品自体が時を超えて届く手紙になる!?

 ピーター・ジャクソン監督の『彼らは生きていた』(2018)は、第一次世界大戦の記録映像を、最新の映像技術でフルカラーかつ音声付きのフィルムとしてよみがえらせたドキュメンタリー映画だ。どこか非現実の作り物めいて見えるモノクロの世界も、色と音を加えた途端、現実と地続きになったような衝撃的な実在感が生まれる。

 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を初めて目にする時の感動は、おそらくこの印象に近い。あるいは、NASA(アメリカ航空宇宙局)の火星探査車キュリオシティが宇宙の彼方から送ってきた、火星の大地を解像度18億ピクセルで写したパノラマ画像を目にした時の感覚だ!? この世界とどれだけ離れ、どんなに違っていても、断じて絵空事などではない、現実味を超えた真実味。ヴァイオレットも、彼女が愛した、そして愛する人も、二度とは戻らぬ今この瞬間を、アニメーションの中で確かに生きているのだ。

ヴァイオレット
墓地でお参りをするヴァイオレット……。『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』より - (C) 暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 主人公のヴァイオレットを演じるのは、大ヒット作『進撃の巨人』シリーズでもヒロインのミカサ・アッカーマンを演じた石川由依。舞台女優としても知られる屈指の演技派声優が、感情が少しずつ色づき変化していく様子を見事に表現してみせる。ギルベルト役は、人気実力共に兼ね備えるスター声優の浪川大輔。洋画吹き替えではイライジャ・ウッドレオナルド・ディカプリオなどの声を担当する彼が、アニメではどんな演技を聞かせてくれるのか、映画ファンにとってはそこも要注目ポイントだろう。

 監督は、京都アニメーションの数々の作品で指揮を執る石立太一。脚本は、日本アニメ界最高の脚本家の一人と言われる吉田玲子。『ガールズ&パンツァー』シリーズ、『ハイスクール・フリート』シリーズなどを世に送り出し、軍事考証の第一人者として知られる鈴木貴昭など、他にも名だたるキャストとスタッフが顔をそろえる。

お墓
ここは誰のお墓なのか?『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』より - (C) 暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会

 『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のキャッチコピーは、「愛する人へ送る、最後の手紙。」だ。この作品世界から届く、最後の映像になる可能性が高い。そしておそらく、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』ほどのアニメは、二度と作ることはできないだろう。けれど、それは悲しむべきことなのだろうか。筆者はそうは思わない。心からの愛情をこめて作り上げた作品は、それ自体が時を超えて届く手紙になる。テレビシリーズ第10話で幼いアン(CV:諸星すみれ)に届いた手紙のように、それはどんな孤独にも優しく寄り添い、癒し、いつしか心の中で永遠の愛へと変わって生き続ける。終幕まで見終えた時、作り手の思いは必ず届き、確信できるはずだ。彼らは生きていた。今も作品の中に生きている。そして、ずっと生き続けるのだ、と。

【メインスタッフ】
原作:「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」暁佳奈(KAエスマ文庫/京都アニメーション)
監督:石立太一
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子
世界観設定:鈴木貴昭
美術監督:渡邊美希子
3D美術:鵜ノ口穣二
色彩設計:米田侑加
小物設定:高橋博行
撮影監督:船本孝平
3D監督:山本倫
音響監督:鶴岡陽太
音楽:Evan Call
アニメーション制作:京都アニメーション
製作:ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会
配給:松竹

【声の出演】
石川由依
浪川大輔

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