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名画プレイバック

コーエン兄弟も愛する 今なおコメディーの魅力を伝え続ける『サリヴァンの旅』

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John Springer Collection / CORBIS / Corbis via Getty Images

 スクリューボールコメディー コメディーの名匠、プレストン・スタージェスの代表作の1本『サリヴァンの旅』(1941)は、得意のスクリューボールやスラップスティックの笑いにアクション、当時の世相を反映したドラマにサスペンスやロマンスの要素も盛り込んだ贅沢な内容。新境地開拓を目指す映画監督と共にコメディーというジャンル、その意義を知る旅をするような90分間だ。(冨永由紀)

 主人公のジョン・サリヴァン(ジョエル・マクリー)は悩める映画監督。軽めのコメディーでヒットを飛ばしているが、本当に作りたいのは大恐慌後の現実に迫る社会派ドラマだ。疾走する列車の上で男2人が格闘、もつれながら川に落ちて「The End」となる最新作について「資本家と労働者が互いを殺し合うのを象徴している」と得意げにプロデューサーたちに説くが、彼らは「誰がそんなものを見たいんだ」「お色気も少しは入れないと」と否定的な態度だ。だが、お笑いで得た成功にコンプレックスを抱くサリヴァンは、次回作は貧困について描く「兄よ、何処へ(O Brother, Where Art Thou?)」を撮ると言って譲らない。

 裕福な家に生まれ育ち、仕事でも成功を収め、32歳にして豪邸住まいのサリヴァンは、貧窮の現実を知らないことを自覚している。そこで彼が思いついたのは、浮浪者になりすまして行うリサーチの旅だ。苦労を重ねて地位を築いた映画会社のお偉方たちも、サリヴァン家の使用人たちも、ボロを纏って所持金10セントで旅立とうとする世間知らずの主人公に呆れ顔だ。使用人の1人が語って聞かせる「貧困は恐ろしい病のようなもので、むやみに近づくものではありません」という言葉はゾッとするようにリアルで、コメディーらしく軽快に進むやりとりに、ほんの一瞬だけ水を差す。そして会話はすぐに何事もなかったように調子を戻すのだが、瞬間的にガラリとトーンを変えては戻すという緩急は、全編あちこちにちりばめられている。

 結局、売れっ子監督の要求を呑んで送り出すことになった映画会社は、宣伝チームに料理人や医師まで常駐の無線付き豪華トレーラーを用意する。一人で旅したいサリヴァンと過保護なスタッフたちの攻防はスラップスティックなカーチェイスを引き起こし、両者は妥協案として次の合流先をラスベガスに設定。サリヴァンは一行と別れて単独で旅を続けるが、何かトラブルに遭遇するたびハリウッドへ逆戻りする羽目になる。そんな一進一退を繰り返している時に、ダイナーで出会う若い女性がヴェロニカ・レイク演じるヒロインだ。

 貧しい身なりをしたサリヴァンにハムエッグを奢ってあげようとする彼女は、女優になる夢を諦めて故郷に戻ろうとしていた。トレードマークであるブロンドのピーカーブ(Peek a boo=ウェーブした髪で片側の目を隠す髪型)で決めたレイクが演じるヒロインにはなんと名前がない。見終わって、そういえば彼女の名前は? と確かめると、「ガール(The Girl)」としかクレジットされていない。だが、観ている間はそんなことがまるで気にならない。それはまさに彼女が** “ヴェロニカ・レイク”というアイコンとして成立しているから。マクリー=サリヴァンだが、女優志望のヒロイン=ヴェロニカ・レイクという認識でも違和感なし。役名すら必要ない強烈な存在感は、演じる技術という物差しでは計れない “スターと俳優の違い”がはっきり表れる**現象だ(もちろんマクリーもヒッチコックや西部劇で活躍したれっきとしたスターだが)。しかもレイクは芝居もうまい。世をしのぶ仮の姿のサリヴァンは言葉の端々に余裕がにじみ出てしまうのだが、彼の正体を知らない彼女はぴしゃりと跳ね返す。気が強く、頭の回転が早く、誰かが困っていれば手を差し伸べる愛情もある美女。名前のないこのヒロインは本当に魅力的だ。脚を見せたり、湯気だらけでほとんど何も見えないけれどシャワーシーンもあり、と映画会社幹部たちが娯楽映画に望む“お色気”もちゃんと用意するスタージェスの演出に応えている。

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John Springer Collection / CORBIS / Corbis via Getty Images

 レイクはこの時21歳。実は撮影時に妊娠中だったが、衣裳でうまく隠している。大きめの上着を羽織らせたり、腹部を隠すように何か持たせたり……これは衣裳を担当したイーディス・ヘッドのお手柄だ。『ローマの休日』をはじめとするオードリー・ヘプバーンの主演作や『裏窓』『泥棒成金』などヒッチコック作品の数々を手がけ、アカデミー賞を8度受賞した大御所の仕事は見事。そして、クランクアップから約1か月後に出産したレイクの奮闘も驚きの一言だ。スタントも使っただろうが、プールに飛び込んだり、走って転んだり、現代なら大騒ぎになりそうな無茶をしている。

 閑話休題。口ばっかりのサリヴァンと、ハリウッドの辛酸をなめたうえで口も達者なヒロインが揃うと、映画はスクリューボールコメディーとして回り始める。情報社会の現代はともかく、当時は自分の好きな映画を作った監督の顔など知らなくて当たり前だった時代。物語のきっかけはどこにでも転がっていたのだと改めて思わされる。ちなみにサリヴァンはあっさり身元をバラし、そこでまた「バカにしている」とヒロインの怒りを買うのだが、彼女は浮世離れした彼のサポート役を買って出て、男装して少年になりすまし、一緒に旅を続ける。

 貨物列車に無賃乗車し、ホームレスのシェルターでまずい食事と雑魚寝の生活まで体験するが、貧困にあえぐ疲弊しきった人々の生活に2人はたちまち音を上げる。辛くなったらいつでもやめられる、お金持ちの気まぐれフィールドワークはあっけなく終了。その後、サリヴァンが取った行動は善意からのものだが、金持ちの無意識の傲慢さもうっすら漂う。それにつけこむ者が現れて、映画はラスト30分で思わぬ展開になる。すなわちお客様気分だったサリヴァンの旅は、ハリウッドから出ては戻るだけのトラベルから、彼が本当に知りたかったものにたどり着くジャーニーへと変わる。わかったつもりになっていただけのサリヴァンの目からウロコがついに落ちるのだ。

 不運が重なり、犯罪者として服役するはめになったサリヴァンは、ある日、教会で開催される映画上映会に囚人たちと足を鎖で繋がれた状態で出かける。上映作品はディズニーのアニメ『プルートの大暴れ』 (1934)。ちなみにスタージェスの第一希望はチャップリンの作品だったが、チャップリンが川から使用許可が下りず、ディズニー作品になったという。結果的には、実写の生々しさよりも、ここはアニメの方がふさわしい選択だったのではないだろうか。サリヴァンが、コメディーがもたらすカタルシスを、身を以て実感するシーンは何度見ても心が洗われる思いだ。囚人たちを温かく迎える教会が、牧師も信者も全員黒人であることも、1941年という時代を考えると意義深い。

 スタージェスは、脚本家から映画監督になって成功を収めた最初の1人と言われている。会話もストーリーの流れもスムーズで、ハリウッドらしい夢と現実感のバランスも巧みだ。コメディーというジャンルの可能性を、まさにコメディーという手法で描いてみせる。その矜持に胸を打たれる。そして何より、本当に楽しい映画なのだ。

 最後に、サリヴァンが撮ろうとしていた「O Brother, Where Art Thou?」という企画だが、スタージェス監督を敬愛しているコーエン兄弟が2003年に撮ったジョージ・クルーニー主演の『オー・ブラザー!』の原題は、このサリヴァン幻の企画のタイトルをそのまま頂いている。コーエン兄弟は筋金入りのスタージェス愛はその作品に反映されていて、『サリヴァンの旅』やスタージェス作品のモチーフは『バートン・フィンク』『未来は今』『ヘイル、シーザー!』など、様々なコーエン作品に探すことができる。

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