高畑勲さん「平家物語」実現ならず 鈴木P、40年振り返る

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高畑勲さんとの苦楽を振り返る鈴木プロデューサー
高畑勲さんとの苦楽を振り返る鈴木プロデューサー

 4月5日、82歳で亡くなったアニメーション監督・高畑勲さんの「お別れの会」が5月15日、東京・三鷹の森ジブリ美術館で行われ、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが囲み取材に登壇。高畑さんと苦楽を共にした思い出や、高畑さんと宮崎駿監督の間に立ってきた彼だから語れるエピソードを明かした。

宮崎駿監督とともに手掛けた『パンダコパンダ』場面写真

 約1,200人が参会した「お別れの会」を終え、取材場所に現れた鈴木プロデューサー。「高畑さんとは、監督とプロデューサーという立場で40年間、いい思い出もあるけど、そうじゃない思い出の方が多かったです」「監督とプロデューサーは共同事業者だから、2人が仲良くしてたら作品は作れない。そういう意味で、戦いでしたね」と高畑さんとの思い出を語り始めた。

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 手掛けた高畑作品に『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』『ホーホケキョ となりの山田くん』『かぐや姫の物語』などがあるが、「それぞれ全部覚えていて印象深い」という鈴木プロデューサー。「『火垂るの墓』で期日に間に合う、間に合わないから始まって、『平成狸合戦ぽんぽこ』では、どうせ遅れるとわかっているから、本当は夏公開なのに『春公開』っていうポスターを1枚作って、高畑さんの隣に貼ったんですよ。全然効果なかったですけど(笑)。『ホーホケキョ~』なんか、最初のシナリオが7時間半もあって。やりたくないけど、どうやって短くカットするかが僕の大テーマだった」と思い出は途切れることがない。

画像テキスト
高畑勲さん「お別れの会」にて宮崎駿監督と鈴木プロデューサー

 「高畑さんが亡くなって、さみしくなった?」と聞かれると「あのね、40年間、緊張関係でやってきたから、なくならないんです。体のここら辺(脇腹)にすみついちゃったんですよ。だから寂しくないんです。なんか出ていかないんです」と愛おしそうに手を添えた。

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 この日の「お別れの会」では、「会」の委員長として「開会の辞」を述べた宮崎駿監督が、55年にわたる盟友・高畑さんとの思い出を切々と語り、参会者の涙を誘った。「あの文章は、宮さん(宮崎)が1か月かけて書いたもの。(宮崎は)予行演習の時から泣いていて、大丈夫かなと思っていたけど、やっぱり泣いちゃいましたね。55年間が、あの中に全部、書いてある。今まで忘れていた2人の出会いも、思い出したみたいです。『俺、みっともなかった?』って、宮さんが心配そうに聞くから『すごく良かったです』って言いました」。

 「宮さんにとって、高畑さんは、ある時期、先生・師匠だった。それが一緒に作品を作るようになって友人となり、監督として互いに違いものを作り始めるとライバルになった。こういう3つの時期があるんです。高畑さんがいたから、宮さんもがんばれたし、宮さんがいたから、高畑さんもがんばれた。お互いがお互いの作品について、面と向かって何か言うことはなかったんですよ。それを真ん中で(2人から)聞くのが、僕だった」と少し遠い目で述懐する鈴木プロデューサー。「高畑さんがもう1本、どうしてもやりたかったのが平家物語だった。それができなかったのは残念です」と語る姿に、高畑さんとの充実した日々と、もう一緒に作品は作れないという思いも漂っていた。(取材・文/岸田智)

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