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軽快な音楽とコミカルな演出の中に老醜を描き出した『秋刀魚の味』(1962)

小津安二郎名画館

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デビューして2年目の岩下志麻
デビューして2年目の岩下志麻 - (C) 1962 松竹株式会社

 映画監督・小津安二郎の遺作である『秋刀魚の味』(1962)は、それまでの作品を少しずつ登場させたような印象のある、軽快な音楽とコミカルな演出の中に老醜を描き出した残酷な作品。

 結婚適齢期の娘の結婚を題材にした『晩春』(1949)を思わせる本作。年頃の娘・路子(岩下志麻)と暮らす平山(笠智衆)は、中学時代の恩師・佐久間(東野英治郎)と同窓会の席で再会する。酔いつぶれた佐久間を家まで送り届けた平山は、かつて自分たちの憧れであった佐久間の娘・伴子(杉村春子)の変わりようにがくぜんとする。かつての恩師とその娘に自分たち親子の望まぬ未来を見いだした平山は、娘の結婚のために奔走するのだが……。

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『秋刀魚の味 ニューデジタルリマスター』ブルーレイ発売中4,700円(+税)発売・販売元:松竹(c)1962/2013松竹株式会社

 斎藤高順は『東京物語』(1953)から多くの小津作品の音楽を担当している。軽妙なポルカが登場人物たちの心情を意に介さず流れる様子は無情である。特に酔っ払った佐久間の前で自らの失ってきた時間に気付いたかのように悲嘆する伴子を映したシーンなどは途方もない絶望を感じさせる代表的な場面だ。

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 路子役の岩下志麻と、ひょうひょうとした中に本物の老いを手に入れつつある笠智衆が演じる平山との、ちぐはぐなやりとりでうまくドラマを生成している本作。そのほかにも、堀江(北竜二)、河合(中村伸郎)と平山による会話は、本作の喜劇的な側面に貢献している。特に料亭のおかみ(高橋とよ)や堀江の妻(環三千世)を巻き込んだ場面は、下世話な三人の狂言回しが巧みに表現されている。この喜劇的なニュアンスは、平山の抱える孤独という問題と相互に干渉して描かれることによって、作品の現実味を堅持している。

 海軍時代の部下・坂本(加東大介)に連れられて入ったスナック・かおるで軍艦マーチをかけて思い出に浸る平山の複雑なノスタルジーは本作に奇妙な深みを与える。この深みは一方で作品外の平山が過ごした幸せな時間を、もう一方で時代の流れを演出している。路子の結婚式の帰りに寂しさからかモーニング姿のまま再びスナック・かおるの戸を押す平山。マダム(岸田今日子)と彼のやりとり「今日はどちらのお帰り--お葬式ですか」「ウーム、ま、そんなもんだよ」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)は、笑いと皮肉とが相まって苦いシーンだ。酒とノスタルジーに酔うことで寂しさをごまかす、そのありきたりな展開も軍艦マーチの特異さのためか謎めいた説得力を帯びている。自宅で軍艦マーチを口ずさみながら「ひとりぼっちか……」(井上和男編 小津安二郎全集 新書館)とつぶやく平山に次男・和夫(三上真一郎)が「明日は俺がメシ炊いてやるから」と励ますせりふは、少しだけ救いを感じさせる。このせりふは撮影台本にないため、後から加えられたものと思われる。

 遺作となった『秋刀魚の味』の公開前年、最愛の母を亡くし、自身も1963年にこの世を去った。自身と母のどちらの老いを見つめていたのか、それとも孤独に向き合った一人の人間として紡いだ物語なのか。いずれにしても暗く険しい作品だ。(編集部・那須本康)

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